本会元専務理事であり、1964年東京オリンピック体操金メダリストの松田 治廣(まつだ はるひろ)様(享年88歳)が、令和8年6月19日(金)に逝去されました。
ここに生前のご厚誼を深く感謝し、謹んで哀悼の意を表しますとともに、下記の通りお知らせいたします。
松田氏は現役時代、旧姓の「山下」として世界の体操界を牽引されました。跳馬において独自の「ヤマシタ跳び(前転跳び屈伸)」を開発し、1964年東京オリンピックではさらにひねりを加えた「新ヤマシタ跳び」を披露して見事に金メダルを獲得。日本体操界の「ウルトラC」の歴史にその名を刻まれました。
現役引退後は日本体育大学教授として後進の育成に尽力され、本会においては専務理事や女子強化委員長などの要職を歴任、組織の発展と日本のスポーツ振興に多大なる貢献をされました。2000年には国際体操殿堂入りを果たされています。
なお、ご葬儀につきましては、故人とご遺族の強いご意向により、近親者のみにて密葬として執り行われます。
また、ご遺族様より「ご自宅への弔問、ご香典、ご供花の儀は固くご遠慮いただきたい」との申し出がございましたので、何卒ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
尚、後日、秋ごろをめどに「お別れの会(仮称)」を別途執り行う予定です。詳細が決まり次第、改めて公表いたします。
【故・松田治廣(まつだ はるひろ)氏 略歴】
1938年(昭和13年)愛媛県生まれ。日本体育大学卒業。
現役時代は旧姓の「山下」として活躍し、自ら考案した「ヤマシタ跳び」で世界を驚愕させる。1964年東京オリンピックでは、跳馬および団体総合で見事に金メダルを獲得。
引退後は日本体育大学名誉教授を務める傍ら、本会において専務理事、女子強化委員長などの要職を歴任し、後進の育成と組織改革に尽力。
その功績により、2000年に国際体操殿堂入り、2017年には瑞宝中綬章を受章した。
































